2011年11月08日

其夜ちぎりしもの


こんにちは


みーぼーです。

このブログでも時々登場する言葉であり、


当ブログ内検索ワードランキングbPの



   『 夜這い 』



それを彷彿とさせる話題が


なんと某地方新聞夕刊で取り上げられていたので


みーぼー、驚きました。


いやいや、あれですよ、

夜這いといっても、


お堅い地方紙ですから、


民俗学的見地から


あるいは、世情と絡め、



お堅い人の意見を聞きつつ
記事にされているんですがね、


「雑魚寝堂」跡を婚活の場に
         神戸・長田区駒ケ林

明治時代以前、神戸市長田区駒ケ林町に、
大勢の未婚の男女が年越しの一夜をともにして伴侶を選ぶ風習があった。
その場所になったと伝わる「雑魚寝堂」と呼ばれた建物の跡地に今、
大正期築の市立駒ケ林保育所があるが、
2013年に新長田保育所と統合し閉鎖される。
施設は売却か解体されそうだが、地元住民らは、
昔の風習にちなみ「婚活の場」としての活用を提案する。(大月美佳)

>江戸後期の「摂陽落穂集」は、
駒ケ林の雑魚寝堂と雑魚寝の風習について、こう記す。
「一村未縁女不娶男、年越の夜此堂に行て、
何れも籠るなり…其夜ちぎりしもの則夫婦と成也」
(村の未婚の男女が年越しの夜、
お堂にこもり…その夜、結ばれた男女が夫婦となった)

※神戸新聞ニュース(2011/11/07 15:35)より
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004603421.shtml



・・・なんとまあ。



いわゆる、合同お見合い。





しかも、


かつてのその展開はジェットコースターのように早い!


思うに、


この習慣のあった地域の
若い(年配者もいたかも)未婚男女にとって、

この風習は、
現在の未婚男女にとってのクリスマスに通じる


一大イベントであったんでしょう。


なんせ、彼らにとってその日は聖夜ではなく、


性夜ですからね。


いやいや、


駒ケ林の未婚男女にとって、


年越しのその時と


現代性夜とは重きが違いますわね。


生涯の伴侶を探すものであったわけですから。




・・・・しかし、しかし、


実際の所、どうだったんでしょうね?



きっと数カ月前から、




雑魚寝に参加する未婚男女は
決まっているでしょうから、



何組かは、


舞踏会のダンスの相手を予約しておくように


予め話をしていたかもしれないし、

仮にそうであったとしても、


お堂に集まって、

初めて会った別の人に一目惚れ




ってこともないとは言い切れないし。

お互い気に入った者どうし、


その夜の内に

関係を持ってしまえば即夫婦ですよと


コミュニティが

お膳立てしているくらいですからね、



昔の日本は性に対して


今よりももっと寛容だったんですね。


娯楽が少なかった時代、



ンフは男女ともに楽しめる

お手軽な娯楽だったのかもしれないし、



漁村でも農村でも、


いくらでも労働力が必要だったでしょうから、


産めよ育てよがコミュニティで

奨励されていたかもしれません。


恥らっているなんて時間の無駄だったのかも。


で、

やはりね、

気になるところは・・・・


お堂の中で相手を見つけた男女は、


その後、どこでンフンフを楽しんだのか?


っちゅうことです。


>「一村未縁女不娶男、年越の夜此堂に行て、
何れも籠るなり…其夜ちぎりしもの則夫婦と成也」
(村の未婚の男女が年越しの夜、お堂にこもり…
その夜、結ばれた男女が夫婦となった)


・・・・うーん、


記事では「・・・・」でモザイクをかけるようにして

誤魔化されているんですよね〜。


そこの「・・・・」が気になるんですよ!!


お堂というのは、

その中に入ったことが無いのでよく分かりませんが、
そんな何室もの部屋で仕切れる広さではないはず。

考えられるのは二つ。


@お堂はあくまで出会いの場。


みんな大人しく好みの人と

ペアになったカップルから順に


お堂の外へ出て、


各々、お好きな場所でンフを楽しむ。


しかしながら、


どうしてもお互い身体が合わなかった


なんて場合がない


とも限らなかったと思うんですよね、


第一印象で関係を持って即夫婦とはいえ、


一生を共にする伴侶ですからね、


「やっぱり考えなおそうか」


なんて話がお互い成立したら、


もう一度、お堂に戻ることもできたでしょうか?



・・・となると、



Aお堂は乱交の場であった。



とすれば、



ンフの相性でもめること無く、



複数の中からお互いに合う相手を

即見つけることができたでしょう。


・・・となると、あれですかね、


大砲級のヨキモノを持つ男子は、

女子から一目置かれ人気者になったり、


激しく淫らに腰をふる女子の周りには、

吸い寄せられるように


男子がやって来たのでしょうか?



・・・



それから、各々いずれかお好きな場所へ



お隠れいただき、


めでたく夫婦となって新年を迎えたのかも。



現代の常識や意識とはかなり違うでしょうし、


この手の民俗学を学んだわけでもないので、


こうして想像する他ないのですが、


思うに、

夜這いにせよ、

昔の集落における処女を穢れとして、

首長が生娘を頂く習わしみたいなものは、

女性をこどもを産む道具として、

いわば村の所有物とされていたとも

考えることもできます。


でも、どうなんでしょうね?


女性はただやられていただけとは、


思いたくないですね。


夜這いなら、


されることを前提に


さりげなく身支度して、

ドキドキしながら布団に入って、

しかしながら、


いつまでたってもその日は誰も来なくて、

眠れぬ一夜を過ごし、


不機嫌な朝を迎えた村娘も

いたのではないでしょうかね?


そして、村の女の子同士で、


夜這いにきた男子の情報を共有するんですよ、

「助六はお尻の穴に入れたがるから、


      アイツは、やんだよ〜」


 みたいにね〜。


現代にその習慣が復活して欲しいとは思いませんが、

ご近所、コミュニティの関係が

希薄な現代においては、

村人皆家族にも似た土足な関係は、

恐ろしく、鬱陶しいだろうなと思いつつも


心のどこかで羨ましくも感じます。

いにしえの性風俗への入り口はこちら


posted by みーぼー at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | エロ考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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